「人」を嫌いにならないために

主な生息地をツイッターにおいているわたしは、とても気になっていることがある。

それは、誰かの「be」に口出しする人が、なーんか多いよね、ということ。

かく言うわたしも「100%やってません」とは言い切れないので、ブーメランにならないよう今後はしっかり意識しますという宣言も兼ねて、

「do」と「be」ってどういうこと? について、わたしが思うところを記載しておきたいと思います。

「do=◯◯する」と「be=△△である」の違い

前提として、「be」を批判しても誰も幸せにならないとわたしは思っている、ということをお伝えしておく。

「be」ってなにか。

  • I am from Japan.(日本人です)
  • I am a Christian.(クリスチャンです)
  • I am crazy about video games.(熱狂的なゲーマーです)

いわゆるその人の性質や状態、属性を表す「be動詞」的なやつ。(勝手にわたしが分類しているだけなので例外はあります。ニュアンスを掴んでもらえれば)

それに対して「do」は動詞(ここでは特に動作動詞)。

  • I hit him a hard blow.(彼を強く殴った)
  • I cancelled the meeting without notice.(ミーティングを無断キャンセルした)

目に見える動き、動作に関するワードというニュアンスです。

「犯人はアニメ好きでした」「アジア人でした」の呪い

「be批判」の最たるケースが「殺人犯はバイオレンス映画にハマっていました」「窃盗犯はアジア人でした」という呪い。

これが馬鹿げていることはわかりますよね。(わからない人は今すぐこのブログをクローズ)

なんだけど、でもそんな大きなことじゃなくても、

  • 髪を染めることがダメだったはずなのに、いつの間にか茶髪がダメになっている
  • 言葉に気を遣えないやつは心根も腐っているはず
  • 親戚に失礼なこと言われた、これだから田舎はダメだ
  • 話を聞いたコンサルが全然ダメだった、「コンサル」って口ばっかり
  • 〇〇党を支持しているなんて信じられない!
  • あいつはゲイらしい、襲われたらどうしよう

などなど。残念なことに、こういうのって日常にあふれている。

わたしたちが相手に伝えてよいのは「その言動はダメだから言動を変えていこう」だけ。

「言動がダメだからマインドを変えていこう」は立ち入り過ぎだし言ったところで変わらないし、「マインドがダメだからきっとダメな言動をするはず」とかもう最悪。

やってないことが見えるとか、どこの占い師なん?

「大阪人のノリは苦手」とか、視野が狭過ぎと思うんよなぁ。

罪を憎んで人を憎まず

「言動」と「人間」を分けること。もうこれに尽きると思う。

誰かの「be」を否定するもんじゃないです。それがたとえ好ましくない「be」だったとしても。

「be」は外野が良し悪しを決めることではなく、好きか嫌いか、自分と合うか合わないかが存在するだけ。

合わない上に受け入れられないならそっと離れること。

そこを指摘するのはお互いに心が乱れるだけです。

これはマネジメントにも言えること。

「be」を指摘してよいのは、親友と家族だけなのだ。と、肝に銘じて。